事実の力 実在する力 

心の苦しみから抜け出してわたしを生きる    Taro

世界を股にかける

原初のわたしは自由でした

「べき、ねばならない」は後から来たものです

「べき、ねばならない」は実在するのでしょうか

わたしは子ども心に知っていました

その言葉を発する大人たちから嫌な力を感じていました

抑え付けられるような暴力に似た力です

疑問と違和感を持ちながら

わたしは大人になろうとしたのかもしれません

「べき、ねばならない」という絶対的で正しそうなものを

わたしは心の中に受け入れ始めました

そこからおかしくなりました

次第に力を失い始めました

 

ありのままのわたしが分からなくなってしまいました

「ありのままでいい」は気楽な言葉とは思えません

現実逃避のような甘い言葉とは思えません

ありのままでいるだけで力を受け取ることができました

自分の人生の答えを自分の中から導き出せました

「べき、ねばならない」を受け入れてから

答えを外側のどこかに求めるようになりました

それはいつまで経っても見つかりませんでした

初めからどこにも存在しなかったのですから

 

わたしはこの辺りの理解ができていませんでした

整理されずに混沌としていました

わたしはようやく気がつきました

わたしは二つの世界を股にかけていました

自然界と社会です

わたしにはふたりのわたしがいました

原初のわたしと後からできたわたしです

具体的な個人としてのわたしと集団の中のひとりとしてのわたしです

自由なわたしと制限のあるわたしです

本心のわたしと建前のわたしです

自然界には自然界の、社会には社会のルールがあります

世界には相容れず

不可侵のままでいた方がいいこともあるのかもしれません

両立することで人は輝けるのかもしれません

若いわたしにはこの辺りの“建前”が分かりませんでした

 

もう一度原初のわたしに戻る時が来ました

そうすればわたしは輝き、世界も輝きます

ありのままを思い出した者たちが

自分の役割を自覚した者たちが自分を生かします

すべては違った存在、たったひとつ

同じものはふたつとしてない

多種多様であるというただの事実が

殺されることなく、躊躇されることなく

そのまま発揮されてしまいます

創造性の世界は否応なしに飛躍してしまいます

世界は創造の力そのもの、前進する力そのもの、進化そのものです

創造性の飛躍を世界は歓ぶでしょう

創造性の飛躍を拒むことができるでしょうか

世界に逆らってまでわたしたちは生きていられるのでしょうか