事実の力

わたしの経験があなたにも当てはまるなら

教科書

正しさとは何だろう?

例えば、教科書に載っていること

教科書と言っても、たくさんある

著者によって中身が違う

正しさがたくさんあるということ?

 

教科書に載っていても、使えないものが多い

使えない正しさにどんな価値があるのだろう

 

教科書は改訂される

正しさは変わるということ?

世界は絶えず進化している

わたしも成長している

世界もわたしも絶えず変化している

常に新しい今を生きている

繰り返しはない

だから、正しさは変わる

 

わたしは正しさに囚われる

「本来は」という言葉を口にする

答えはひとつ

真理はひとつ

わたしの思い癖、思い込み?

わたしには事実よりも事実に見えてしまう

 

世界もわたしも絶えず変化している

絶えず進化している

そんな世界に、わたしに

「本来は」ということがあるのだろうか?

 

人の数だけ教科書がある

人の数だけ正しさがある

そんな正しさに囚われるのは、なぜだろう

そんな正しさを盾にする必要があるのだろうか

そんな正しさが盾になるのだろうか

わざわざ、正しさなどと呼ぶ必要があるのだろうか