事実の力 実在する力

わたしの体験があなたにも当てはまるなら

疑い

あの霊的体験はただの幻では終わりませんでした

大人が子どもに戻れないのと同じです

わたしは以前のわたしに戻れなくなりました

不思議なことに

わたしを苦しめていた原因が極端に薄くなりました

それと同時にその原因が日増しに明らかになって行きます

原因は枝のようにいくつもあるように見えます

それでも目を凝らせば枝は一本にまとまって行きます

根本的な原因はわたしの中にあるワタシだったことを知ります

そのワタシは年齢と変わらないくらい長い間

わたしを乗っ取って生きて来ました

自我やエゴと呼ばれるものです

それは2、3歳頃に芽生えるワタシという自己認識です

そこには単なる自己認識を越えた性質や傾向があります

それがわたしを苦しめて来たようです

 

「あなたは自分の中にある自分に乗っ取られている」

「あなたの苦しみの原因はそれだ」

今のわたしが以前のわたしに力説しても聞いてもらえないでしょう

疑うことは悪いこととは思えません

偏りの少ない疑いは創造的で前向きなものになります

自分を信じることと疑うこと

その両方が必要かもしれません

わたしはわたしそのものを疑えるでしょうか

否定された時に崩れてしまうかもしれない

わたしの土台そのものから疑えるでしょうか

 

わたしの考え方そのものが何かに偏っているかもしれない

与えられた価値観を無自覚に受け入れているかもしれない

それをフィルターとしてわたしは世界を見ている

そんな風に疑うことができますか

千人、一万人、百万人がイエスと言っても

違うかもしれないと思えることがあります

その閃きを尊重できるでしょうか

表には出さなくてもそんな自分を信じていられるでしょうか

疑った先に現れた気づき

それがわたしに都合の悪いことでも受け入れられるでしょうか

わたしの頭の悪さ、目の悪さ、感覚の鈍さ

わたしの出来の悪さ、性能の低さ

わたしそのもののおかしさ

仮に間違いがこの世にあったとして

仮にわたしそのものが間違いだと気づいたとして

悲観することなく

ただそれを受け入れることができるでしょうか

 

わたしはわたしそのものを疑えるでしょうか

否定された時に崩れてしまうかもしれない

わたしの土台そのものから疑えるでしょうか

できる限り偏りの少ない中立な疑い

疑ってやろうという意図のない

ただ知りたいという好奇心に似た子どもの疑い

わたしへの疑いはわたしを次のステージ引き上げてくれます