事実の力 実在する力

わたしの体験があなたにも当てはまるなら

ヒトの本性は善か悪か

性善説、性悪説

性悪説だとすれば悪は何を指すのだろう

ヒトが持って生まれた罪とは何だろう

 

かつての聖者はこう言ったという

「動物や植物から学べ」

これは何を意味するのだろう

向かいの犬はいつものように走り回り

庭のチューリップはいつものように風に揺れ

太陽はいつものように燦燦と輝き

ツバメはいつものように風を切ってスウィングしている

わたしはどうだろう

具合が悪いわけでもないわたしは深刻な顔をしている

 

彼らは夢中にただひたすら彼らであるように見える

装うわけではなく、他の視線を気にするわけでもなく

ただ100%の自分で瞬間、瞬間に生きている

それが彼らの仕事に見える

わたしは自分のままではなく

他人になろうとし、誰かの理想像になろうとする

自分らしささえも分からなくなっている

心と振る舞いが違う

他人の視線が気になる

流行り廃り、常識、平均、世間体が気になる

それどころかそれに同化しようとする

 

いつ起きるか分からないことに囚われている

もう過ぎてしまったことに囚われている

あいつが気に入らないと

今ここで起きていないことに囚われている

そのことにさえ気づかないでいる

 

今のわたしではない誰かにならなければ、わたしは認められない

誰に認められない?

わたしに?

一番にならなければ

あの学校、あの会社に入らなければ

出世してあのポストに就かなければ

あのブランド品を持たなければ

家族を持たなければ

体がああならなければ

収入がいくらにならなければ

 

持って生まれた悪、罪があるとすれば

存在することさえ難しい大宇宙に生まれ

生まれることさえ難しい命を与えられ

それにもかかわらず

今に生きることしかできないわたしが今になく

わたしでしかいられないわたしがわたしでない

このわたしのあり方そのものかもしれない

二、三歳の頃に芽生え始める

自我のことかもしれない

深刻な顔をし、ワタシという自我に囚われている

そのことにさえ気づかない

このわたしのあり方そのものかもしれない