神様へのお供物

わたしの経験があなたにも当てはまるなら

内なる子ども

幼い頃のわたしがいる

思い通りに行かないと泣いている

大丈夫

思い通りに行かなくても、大丈夫

 

幼い頃のわたしがいる

思い通りに行かないと当たり散らしている

大丈夫

思い通りに行かなくても、大丈夫

 

幼い頃のわたしがいる

どうしよう、どうしようとあたふたしている

大丈夫

心配しなくても、大丈夫

 

幼い頃のわたしがいる

上手く行かず、ガッカリしている

大丈夫

心配しなくても、大丈夫

 

心配しなくても、大丈夫

思い通りに行かないから

思いの外だから

わたしの思いを超えているから

 

心配しなくても、大丈夫

わたしはここにいるから

ここまで来たから

 

思い通りでなくても、大丈夫

越えて来たから

そうでなければ、ここにいないから

 

わたしは気づいていないだけ

わたしはずっと越えて来た

ただ、思い通りでなかっただけ

 

わたしはずっとここにいる

わたしはずっと守られている

わたしはそれを知らないだけ

わたしは知っている わたしは持っている

わたしは大切なことを知っている

優しさ、思いやり、愛情、美しさ

他人を悲しませることがどういうことか

傷つけることがどういうことか

真剣であることの価値

思いを込めることの価値

頑張ること、努力することの価値

耐えること、笑うことの価値

過ぎてしまえば、及ばないこと

何をすればいいか

道徳やルールを越えて、知っている

習う前から知っている

習うことで、経験することでまた、知って行く

知って行くうちに、知っていたことを思い出して行く

 

わたしを生きる上で必要なものを受け取っている

必要な時に、取りこぼしなく、受け取っている

類は友を呼ぶ

今のわたしに応じて、わたしに相応しいものに出会っている

人との出会い

情報との出会い

出会いから受け取る感情

あの時、ああしておけばよかった、とか

チャンスを逃してしまった、とか

そういうことはなかったのかもしれない

 

偶然と必然の間

真理はひとつ、とか

答えはひとつで、どこかにあるに違いない、とか

思い癖を生きているわたしには、理解できない

確実性を求めるわたしには、理解できない

理解できないない方法で、わたしは一本道を行く

 

過去と未来の間

誤解の中に生きていたことに気づく

気づかずに素通りして来たことに気づく

今を起点に過去が変わって行く

わたしの記憶が塗り替わって行く

それと同時にわたしは過去から未来へ

一方向の時間に生きている

わたしは時間の流れに乗りながらも

今を中心に過去が変わって行く

わたしには理解できない

理解できない方法で、わたしは一本道を行く

 

何も持っていなかった

真っ白なわたしは経験を重ねて、知って行く

知って行くうちに、持っていたことを思い出して行く

万物の根源、世界の起源については諸説あるらしい

哲学者や宗教家、科学者たちが言葉を残している

わたしは創造の力、進化そのものだと確信している

なぜなら、歴史がそれを証明しているから

 

ただ、わたしの中で少し気になっていることがある

あれは名もない人たちの会話だった

誰かが断言した

「この世界は愛でできているんだよ」

「この世界は愛そのもの」

わたしはその言葉を聞いた途端、抵抗したい気分になった

愛という馴染みのない言葉に、居心地が悪かったせいかもしれない

この世界には戦争や暴力があって、苦しんでいる人がたくさんいる

何が愛か、という思いもあった

自分の考えに間違いはないと確信しつつも、何かひっかかる

それはたぶん、愛というものに対してだと思う

 

わたしはなかなか素直になれない

それでも、わたしの中に確かにある優しさと愛情

生まれつき持っていたもの

育ててもらう中で一緒に育ててもらったもの

たまには表現しようかと思う

わたしを見ている、別のわたしがいる

素直になろうとするわたしをすぐさま遮って、茶化す

愛に抵抗したがるわたし

気恥かしい

直視したくない

早く離れたい

わたしはまたぶっきらぼうな態度に出る

幼い頃の記憶

近所の大人たちによく「優しいね」と言われた記憶

人目を気にしない子どものわたしでいられたら

 

玉ねぎのようにわたしは幾重にも重なる

皮むきの果てに、どんなわたしがいるのだろう

飾りのない、混じりっ気のない

シンプルでいて、力強い

他には全くない、ユニークなわたし

遮る者がいなくなった時

わたしは自分の正体を知るのだろうか

わたしは愛そのものだったと、知るのだろうか

孤独ではいられない

今日はわたしの誕生日

敢えて、両親に感謝する日

敢えて、お世話になった方々に感謝する日

産んでくれて、ありがとう

育ててくれて、ありがとう

支えてくれた兄弟、友達、あの人

導いて下さった恩師、先輩たち

見守ってくれた近所の人たち

ありがとうございます

 

昔、先生が言っていた

「人と人の間で生きるから人間」

関係の中で生きている

お陰様の精神で、日々感謝の気持ちで過ごさなければならない

こういう道徳的要求を超えて

関係の中で生きている

孤独ではいられない

それはシンプルな世界の仕組み

変えられない、他に選択肢のない事実

 

今日はわたしの誕生日

敢えて、お世話になった方々に感謝する日

敢えて、わたしを作っている方々に感謝する日

色んな人の想い

色んな人の知恵、工夫

色んな人の技術

色んな人のドラマ、人生が詰まっている

わたしを囲んでいるもの

わたしが身につけているもの

食べているもの

住んでいるところ

わたしが使うもの

全部、わたし以外の人が作ったもの

わたしは恩恵の中に生きている

無自覚に受け取り

時には与えている

 

手取り足取り教わったこと

背中を見て、教わったこと

相手との出来事を通して、教わったこと

テレビや本、インターネット

他人の人生から教わったこと

わたしの人生に色んな人が現れる

現れて、わたしを成長させて、去って行く

彼らの意図を超えて、わたしは受け取る

わたしの意図を超えて、誰かに与えている

 

世界はコントラストで出来ているという

対照的な一方を知ることで、初めてその反対を知ることができる

わたしを長く捕らえた孤独感

わたしはその対照を知るために、孤独感を知ったのだろうか

孤独感の反対は何だろう

関係の中に生きる感じ

全体の中に生きる感じ

一体感とでも言うのだろうか

おさなご

人目を気にしない

徹底的に遊ぶ

気にしないように、という意図さえない

歓びのまま、手足を遊ばせる

そこに一瞬のためらいもない

感情のままの表情

べき、ねばならないは実在しない

それでも敢えて言いたくなる

大宇宙に生まれた者、ああでなければならない

心と体

感情と振る舞いがひとつになっている

他ということを知らない

わたしを知らない

分けることを知らず、ひとつを生きている

自然そのもの

世界そのものを生きている

 

そんな美しい時は束の間

感覚は世界から分離し始める

自分を生き始める

孤独感を知り始める

「どうだ、こんなにできた」とアピールするようになる

したり顔をする

比較の中で自分を知るようになる

苦しみの始まり

もう大人の仲間入り

囚われの身

わたしは囚われの身

わたしはもうひとりのわたしに囚われている

もうひとりのわたし

それは言葉にしづらい

言葉にした途端、如何わしくなるから

言葉はそれを表す仮のもの

敢えて言うなら、それは形に見えないから、魂のわたし

このわたしは魂のわたしに囚われている

わたしの命を握るのは、彼の方

わたしを生かすも、殺すも、彼が決めること

 

今、わたしは生きている

肉体を持って生きている

魂になるのは死んでからだろう

肉体のわたしがいて、同時に別のわたしがいる?

あり得ない

かつてのわたしは一笑に付しただろう

 

お天道様は見ている

神様は見ておられる

だから、やましいことをしてはいけない

あの日の体験で、わたしはもうひとりのわたしに出会った

最初で最後になるだろう、その姿を見せてくれた

体験の後、わたしの肉の眼には映らなくても、確かに感じている

もうひとりのわたしが見ている

わたしの一挙手一投足

わたしの心の動き、思考を見ている

わたしが道から外れていないか

仕事をしているか、見ている

わたしの仕事

それは、ありのままのわたしで生きること

 

時に彼は積極的に介入する

優しい脅迫をする

彼はわたしの嫌がることを知っている

嫌がることをちらつかせて、わたしを導く

またある時には、わたしを谷底に突き落とす

愛の鞭を振るう

すべてはわたしを思い出すため

 

わたしの旅は自分を思い出す旅

わたしが無意識に探し求めているもの

それはありのままのわたし

肉体のわたしは自分を知らない

魂のわたしは知っている

生まれる前も今もこれからも、ずっとわたしだから

彼はわたしらしさに照らして

わたしに相応しい経験を用意してくれる

どんなに厳しくても、どんなに苦しくても

後になると分かる

振り返った時に過去の点と点が繋がる

それはわたしがずっと求めていたもの

他人には決して分からない

わたしさえ忘れていたもの

だから、今までよりは寛いでいられる

他人の目にどう映ったとしても

わたしの最期は惨めではないから

これはわたしのために用意された人生

わたしのことをわたし以上に知っている

わたしが用意した人生だから

サイクル

テレビで凄い映像を見た

自然のサイクルを見た

農夫がトラクターで雑草を刈っている

作物の栄養を、雑草に取られないようにしているのだろう

トラクターは雑草を根元から刈って行く

刈られた雑草が倒れている

倒れた雑草の下

何と、新芽が準備している!

 

新芽が刈られることはない

新芽の高さは守られている

雑草は刈られることを知っている

どのくらいの高さで刈られるのか

いつ刈られるのか

ヒトに、どんな道具で刈られるのかを知っている

そうでなければ、新芽は育っていない

次に備えることはできていない

 

ヒトは自然のサイクルを絶賛する

それはどこか他人事に聞こえる

「自然は素晴らしい」と言う時

自分を切り離している

自分という言葉そのものが、自らを分けている

切り離してなど、存在できるわけがないものから、切り離している

 

わたしは今更ながら感動した

ヒトもサイクルの内側にしかいられない

どれほど文明が進んでも

ハイテクになっても

自然の外側にはいられない

あの農夫もトラクターもサイクルの一部

 

雑草に意識があるのだろうか

あの雑草を育てた、土や雨や太陽や養分に意識があるのだろうか

あの新芽を育てている、すべてのものに意識があるのだろうか

しかも未来を見通せる能力があるのだろうか

何もなかったとしたら

あの日、あのタイミングで、あの場所に

新芽を準備することなど、できないのだから

 

それとも、あの農夫やトラクターや雑草

土や雨や太陽や養分

それらを生み出す仕組みや関わりのあるすべて

それらはユニットになっていて

過去も未来も超えて

すでにどうなるか、決まっているのだろうか

ありとあらゆるものの背後に何かあるのだろうか

背後にあるものが

サイクルの内側にいるものたちの自覚を超えて

意図を超えて、意識を超えて、生きているのだろうか