事実の力 実在する力

わたしの体験があなたにも当てはまるなら

討論

「どうなるか分からない」

「先の見えない時代」

「このままではマズイ」

「そうならないためにも」

「改善しなければ」

今日もTV、各メディアを通してやって来ます

内容は違っても“形”は同じです

 

「何々党が選挙に勝ったら」

「あの局面でああなっていたとしたら」

「何々党が選挙に勝ったとしても、何々政権は安泰とは言えない」

「まだまだ問題は山積み」

政治でも経済でも

内容は違っても“形”は同じです

 

先の見える時代がかつて存在したのでしょうか

今までもずっと同じです

先の見える時代は存在しません

常に恐れなければならない状況下にあります

それでも人類はそれをものともしません

 

わたしはことが過ぎれば

何に恐れていたのかさえ忘れてしまいます

あれだけ恐れていたにもかかわらず

わたしは恐れるほどではなかったことに恐れ

ことが過ぎ去ればまた新しい恐れに取り憑かれます

わたしは同じ繰り返し、パブロフの犬です

 

彼らはいつも深刻な顔です

難しい顔で議論するのが好きなようです

それが真っ当な、高尚な生き方という風に見えます

恐れが服を着ているようです

恐れの集合体です

立派な肩書きでもやっていることは空想のお話です

ここではないどこかのお話に夢中です

「仮にこうなっていたとしたら」

彼らはまだ眠っているように見えます

誰一人「空想のお話は止めにしましょう」とは言い出しません

恐れ、その出所の自我は個人を越えます

個人を越えた集団、集合体を形成します

 

わたし今を称賛しません

このままではマズイが口癖です

今を否定し理想を追います

今にしかいられないわたしが今を否定してどうするのでしょう

理想はいつも頭の中です

頭の中にあるものと現実にあるもの

その違いになかなか気づけません

そしてそれはいつも手に入りません、追いつけはしません

現実には存在しないのですから

この世界は進化する力そのものです

この世界の子ども、わたしも同じです

理想を追うのは当然です

それでも今を称賛することなしに進化はあり得ません

今という意識の空間から人類の進化は始まります

始まりはわたしの本心から

見えるものは強いです

見えるものは信じられます

見えないものは無いに等しいです

見えないものは心細いものです

見えて来ないと不安に駆られます

 

見えるもの、例えば現実

現実は過去のわたしが作り上げたものです

過去のわたしの信念、感情、思考、行動が形になったものです

特に信念は自覚しにくいものです

わたしは自分の本心を知りません

自分を苦しめる信念や思い込み、固定観念を持っていたりします

わたしの信念、思い込み、固定観念を通して感情が生まれ

思考が生まれ、行動が生まれます

信念、思い込み、固定観念

それはわたしとこの世界の接点、フィルターのようなものです

フィルターが変わればわたしの世界は変わってしまいます

自分の本心と向き合うことは最も創造的なことです

 

わたしは見えるもの、現実と格闘します

わたしは苦しい現実、難しい現実が気に入りません

「こんな現実は望んでいない」

わたしはずっと苛立っています

「どうすればここから抜け出せるのか」

わたしは現実を前にもがいています

わたしは完全に深みには嵌って行きます

同じような状況が延々と続きます

わたしは現れた現実に同じ反応を取っています

やたらむやみに怒り、恐れ、悲しみます

そうすると現れます

やたらむやみに怒り、恐れ、悲しまなければならない現実が

同じような状況は延々と続きます

わたしはそのことに気づけません

 

わたしに必要なこと

それは見える現実よりも見えない未来を信じることです

現実は過去のわたしの信念、感情、思考、行動が形になったものです

言い換えれば現実という過去に囚われないことです

わたしに必要なこと

それは見えない信念、感情、思考の力を信じることです

 

今のわたしの本心からすべては始まります

自分を苦しめる信念や思い込み、固定観念を持っていないか

今のわたしの感情はどうか

やたらむやみに怒り、恐れ、悲しんでいないか

そのことに自覚的になる必要があります

 

今のわたしの本心からすべては始まります

どうありたいかというわたしの本心からの思い

それはまだ形になっていません、見えていません、心細いものです

それでも見えない思いを信じる必要があります

今のわたし本心

それが未来というこれから現れる現実になるのですから

仕返し

理不尽なことをされても

惨めな思いにさせられても

放っておけ

怒りや悲しみに耽るな

怒りや悲しみに耽れば自我の思い通り

自我を増長させるだけ

怒りや悲しみに耽れば

また怒らずにはいられない現実が

また悲しまずにはいられない現実がやって来るだけ

ますます自我を増長させるだけ

 

理不尽なことをされても

惨めな思いにさせられても

放っておけ

この世界は投げたものが返って来る世界

世界は決して逃さない

もうひとりのわたし、魂のわたしは決して見逃さない

世界に任せておけ

魂のわたしに任せておけ

それはわたしのする仕事ではない

ありのままの心 ~その理由~

ありのままの心で生きることが気休めや甘え

現実逃避でないのはなぜでしょう

ありのままのあなたを感情が教えてくれます

心が躍ること、気分がいいこと、リラックスできること

その中にありのままのあなたがいます

ありのままのあなたでいる時

心に抵抗や摩擦は生まれません

楽な心でいられます

現在のあなたの心が楽である

そのことはあなたの周りの人たちにとっても価値があります

 

価値はそれだけではありません

現在のあなたの感情はこれからやって来る現在

つまり未来の現実に反映されます

現在のあなたの感情を含んだ現実がこれからやって来ます

感情と現実との関係に気づいていますか

今ありのままの心でいられるということは

これからやって来る現実もまたありのままの心を含んでいます

あなたは今ありのままでいられるだけでなく

この次もありのままでいられるということです

これほど生きやすい人生がありますか

あなたがあなたでいられるのです

 

人もひとりひとりが違います、同じ存在はいません

これはシンプルな事実です

この事実を受け入れられますか

偉い人が何と言おうと、圧倒的大多数が何と言おうと

揺らぐことなく事実を受け入れられますか

あなたはあなたです

比較の対象を持たないあなたということです

普通や平均とは無関係のあなたということです

事実を受け入れるだけでも勇気がいるかもしれません

なぜなら事実さえ見えていない人が圧倒的に多いからです

それでもあなたの心の中は他人には見えません、邪魔されません

本心はもっとも重要な空間です

現実を創り出す空間だからです

そこが誰からも侵害を受けないということは

本当にこの世界は上手くできていると思います

 

人もひとりひとりが違います

その違った者たちがありのままを生きるとどうなるでしょう

ひとりひとりが生き生きとして来ます

ひとりひとりが幸福を感じながら生きることができます

ひとりひとりが自分に合った仕事をするようになります

ひとりひとりのする仕事が創造的になります

違った者たちの仕事は創造的でありながら多様化します

この世界の創造性が飛躍します

 

世界の歴史を知っていますか

わたしは詳しいことを知りません

それでも世界は進化して来たことを知っています

人間が生まれる以前から、そして今も進化しています

世界は今も拡がり続けています、新しい生物が生まれています

新しい文化や文明、出来事が生まれています

破壊と矛盾を含みながら進んでいます

この世界は進化そのものであり、創造の力そのものです

ありのままの心で生きることはもっとも創造的なことです

そして世界と調和した自然な状態でもあります

 

「みんながありのままに生きれば世界はめちゃくちゃになる」

「ありのままで生きられるほど世の中は甘くない」

そういう意見が多いかもしれません

現在では寧ろそちらが常識的かも知れません

それは自我からの恐れをベースにした意見だと思います

たとえ誰かが、圧倒的大多数が反対したとしても

あなたは事実を受け入れられますか

あなたはあなたであるという事実

比較の対象を持たないあなたという事実

普通や平均とは無関係のあなたという事実

世界は進化そのものであり、創造の力そのものであるという事実

ありのままの心で生きるには勇気がいるかもしれません

孤独を感じるかもしれません

それでもそれは世界と調和した

生まれた時からわたしに備わっている感情に沿った

つまり自然な生き方だと言えます

あなたが他人になることは可能ですか

あなたはあなたでなく、「あるべき姿」になれますか

あなたはあなたでしかいられません

それは動かしようのないただの事実です

圧倒的大多数がおかしな方向に進むことはかつてもありました

世界は矛盾を含みながら進んでいます

けしかける

こんなに理不尽なことが起きている

これは問題だ

怒って当然だと

わたしをけしかけます

わたしを不幸にしようとします

そのことで太ろうとします

わたしはまんまと罠に嵌ります

「これは問題だ、許してはおけない」と怒っています

わたしは怒りに耽ります

 

自我は上手くやります

大義や正義を利用してわたしの怒りを正当化します

正当化しようがそこで行われていることは

わたしを不幸にすることです

わたしの中にわたしを不幸にするものがいる

そのことに気がつけるでしょうか

例えば怒り、悲しみ、焦り、不安、恐れ、心配、後悔

形は違います、それでもそこにあるのは苦しみです

苦しみをわたしにもたらすことで大きくなろうとする

そんな存在がわたしの中にいると思えるでしょうか

それがわたしの基礎を成す自我です

わたしというただの自己認識を越えた性質、傾向です

 

かつてと違いテレビのチャンネル数は格段に増えました

スポーツ、芸能、映画、音楽

国内外の情報、現地の人々の暮らし、歴史や文化

美しいものや楽しいものはたくさんあります

わたしはその中からわざわざ

わたしを不幸にする情報に焦点を合わせます

わたしはテレビと話をしています

わたしの存在しているここでは起きていない

テレビの向こう側で今起きているかも分からない

その情報に対してわたしは腹を立てています

時には声を荒げています

政治、経済、ゴシップを見ては

深刻な顔をしています

世も末だとぼやいています

世界は深刻な状況で笑っている場合ではない

わたしは世界の不幸を一身に背負った顔をしています

わたしには美しく、楽しい世界が見えません

わたしには自由意志があります

怒りに囚われた苦しみの状態を抜け出すことができます

それでもそこに留まり続けるのはなぜでしょう

何がわたしをそこに繋ぎ止めるのでしょう

わたしはくだらない番組しかやっていないと言いながら

テレビを消すことができません

自由意志があるにもかかわらず

 

自我はわたしを不幸にします

誰も不幸になりたくありません

わたしを不幸にしようとする者が現れるとすぐに気がつきます

警戒心は誰もが持っています

そこをかい潜って自我は上手くやります

もっともなことを持ち出して、わたしの正義感につけ込んで

わたしをけしかけます

怒って当然だと

「さあ、怒りなさい」

「怒鳴りなさい、ぼやきなさい、嘆きなさい」

「不平不満を言いなさい、イライラしなさい」

「これが怒らずにいられますか、人として許しておけますか」と

わたしは気づけません

怒りに導かれていることに

怒りという苦しみの状態に繋ぎ止められていることに

不幸にさせられていることに気づけません

減りますか

プロフィール欄に華やかな経歴を羅列したりします

わたしは名門校出身です、中退です、首席で卒業しました

有力企業に在籍したことがあります

要職に就いていました、歴任しました

責任のある立場です

アドバイスや意見を求められる立場です

有数の権威から認められています

一番になりました

あるいはこういうことをしきりに言ったりします

「わたしは有名な誰それさんと親しい間柄です」

「わたしは有力者の誰それさんと知り合いです」

あるいはブランド物や希少価値のあるものに執着したりします

これらは何を指しているのでしょうか

 

ただそういう趣味であるだけかもしれません

自己紹介をする時にはただ事実を伝えているだけかもしれません

それでもそこに何か別の意図があったりはしませんか

わたしはできる人間です、力を持っています

わたしは特別です、他の人とは違います、わたしは優秀です

そういう意図がありませんか

あるいは自分を高く、大きく見せようとしていませんか

もし何かを失えばその人はどうなるのでしょう

小さくなってしまいますか

その人は価値が減ったと感じるかもしれません

その感情は実際に存在すると思います

それでも実際に何かが起こりましたか

存在の世界では何も起きていないと思います

 

何かを纏うことで価値を増やし、失うことで価値を減らす

一見当たり前のようですが、幻を見ていませんか

何かができるという自信がわたしを支えていたりします

できていたことができなくなる

わたしを支えていたものがなくなる

そうするとわたしは急に小さくなった気になります

実感や自信はとても大きなものに思えます

何かができることで、何かを持つことでわたしは認められる

肩書きが付いたり

上位に入ったりすることでわたしの存在価値が出て来る

もしそうならそれができなくなった時、失った時

わたしはわたしでなくなるのでしょうか

上位に入らなければわたしでないとしたら

下位の人間をわざわざ作らなければ

わたしは存在できないのでしょうか

存在の世界にいるわたしはどうでしょう

わたしは増えも減りもしません

誰かがあなたに落ちぶれたと言うかもしれません

それでもその人はわたしをどのくらい知っているのでしょうか

わたしと同じようにイメージを見ているだけかもしれません

そのイメージがたとえ多くの人が持つもの

常識的な価値であったとしても、イメージはイメージです

その人は実在するものを、事実を見ているのでしょうか

わたしのことはわたしにしか分かりません

できることが変わる、持ち物が変わる

そのこととわたしであることにどういう関係があるのでしょうか

価値や実感、観念の世界や感情の世界ではなく

存在の世界ではどうでしょう

わたしはわたしでしかありません

普通や平均とは何の関わり合いもないわたしです

比較の対象を持たないわたしです

幼いわたしも年老いたわたしもわたしでしかありません

増えも減りもしないわたしです

足跡

失われた10年、20年だったと思いますか

「どうしてみんなのように生きられなかったのだろう」

「わたしは何もできなかった」

「わたしには何もなかった」

そう思っていませんか

あなたは他にいません

あなたにしかできない人生を過ごしています

これは動かしようのないただの事実です

あなたはあなたという形を使ってこの形ある世界に

人生という形を与えています

 

「みんなのように」とはどういうことでしょう

みんなという何か大きな塊

イメージの塊を見ていませんか

それは実際に存在するものですか

そこには個別の

あなたと同じように完璧なオリジナル

たったのひとつ、ふたつとしてない

文字通り固有の人生たちがあるだけです

 

「みんなこう生きるべき」

「みんなこう生きている」

「そこから外れてしまったわたし」

「わたしだけが置いて行かれた」

そう思っていませんか

あるべき生き方はありません

みんな同じ生き方をしていません

同じように見えたとしてもそう見えるだけです

同じではありません

あなたにもあなたの生き方があるだけです

あなたは無駄に過ごして来ただけで

何もして来なかったと思っていませんか

何もせずに生きることはできません

あなたは何も考えなかったのですか

苦しみもしなかったのですか

涙も流さなかったのですか

怒りも湧かなかったのですか

後悔もなかったのですか

あなたにあったであろうそれらはありふれたものでしたか

誰でも経験できるような平凡なものでしたか

あなたはあなたを生きて来ました

あなたにしかできない生き方です

同じ生き方を他の誰かができるとしたら

おそらくあなたはこの世界にいません

この世界に同じ存在の同じ経験はありません

その理由はこの辺りにあるのではないかと思っています

同じ存在の同じ経験では世界は進化しません

全く更新されません

 

周りの人たちに何も与えなかったと思っていませんか

周りの人たちはあなたの姿から何かを学んだかもしれません

たとえあなたが「苦しみしか与えなかった」

そう思っていたとしても

それは周りの人たちにしか分かりません

これは慰めでも同情でもありません

ただの事実です

あなたには事実が見えますか

事実を見ることは簡単なことではありません

わたしたちにはわたしという自我があります

自我は事実を見えなくしてしまいます

その代わりに事実でないものを事実であるかのように見せます

例えばあなたの言った

「みんなのように」がそうです

「あるべき生き方」がそうです

当たり前や常識に負けずに

事実をありのままに見ることができますか

 

わたしは思います

生き方に形はありません

生きて来た後ろに形ができるだけです

その形は世界にたったひとつの形です

そうやって形ある世界に瞬間、瞬間全く新しい形がもたらされて

世界は更新されて進化して行くのだと思います